時にはお伽話を
















少々遅めの夕食をとり、隣のベッドの金髪の剣士とたわいのない会話を重ね、
夜が一層深まっていく。
話相手が高いびきをかきだした頃にその訪問者は現れた。
トントンと控えめのノック音。

「開いてるぞ」
「…んっ…アメリアか?」
「ハイ。失礼します。」

少し開いた戸から寝巻き姿の黒髪青目がヒョッコリ顔を出した。

宿で備え付けた白い綿の寝巻きを着たアメリアは、サイズがでかいのか、それともこいつが小ぶりなのか、着ているというより着られているといった感じで、ぶかぶかとして歩きにくそうな格好である。

ついさっきまで高いびきをかいていたはずのガウリイは、すっかり目を開けて突然の訪問者を気遣った。

「どうした?眠れないのか?」
「はい。あっいえ寝てたんですがその…。
リナさんはもう寝てたし、ここの部屋からまだ灯りがもれていたからその…

よしよしそうかと皆まで言わせずガウリイは大きな手でアメリアの頭をわしわしと撫でてやった。

「そっか。ゼル、俺ちょっと下で酒飲んでくるよ。」
「なんだそりゃ?」
「いいじゃんか。俺だって夜更かしするんだぜ。たまには。」

あっさり言い終えて戸の奥へと姿を消した。
貸しがまた一つ増えたなと心中でぼやく。

いつもの元気はどこへやら。
だんまりを決め込み、所在投げに寝巻きの端を握りしめている相手に、
とりあえず自分の隣を軽く叩いて、座らせた。

「……おい」
「はい?」
「はいじゃないだろうが?旦那を出させといてなんなんだお前は」
「あのごめんなさい。」
「謝るな。」

なんだってこいつはこうにべも無く人に謝ってばかりなのだろうか。

「…あのゼルガディスさんは怖い夢とか見たときはどうするんですか!?」
「…お前は…つくづく遠まわしな言い方なんてのは出来ない人間なんだろうな」
「はっ!?」

呆れて物も言えず暫し額にに手をやると、また居心地の悪そうなそわそわとした音が聞こえる。分かりやすくて助かるといえばそうかもしれないが。

全く扱いずらいことこの上ない。

「忘れるかな。所詮夢は夢だ。時間ももったいないから寝なおすだろう。」
「うっ合理的ですね。」
「お前が非合理的なんだ。そんなにおっかない夢だったのか?」
「それは…その言った方がいいですか?」
「言いたくないなら、黙ってろ。」

小さな部屋の中備え付けの淡いオレンジがかったランプが、にじむようにあたりを照らし出していた。

窓の外でやまばとが不恰好に低く鳴く。いい夜だ。
…何故こんなことをしてるんだろうな。俺は。

そんなことを考え始めるとだんだん面倒くささが勝って、手っ取りばやい方法へと移行する。

やはり俺は合理的なのだろう。

相手の肩をどんと押し、ベッドに倒した。

「うえっ!?ゼルガディスさん!?」
「いいから寝ろ。」
「寝ろったってここゼルガディスさんとこじゃないですか!?」
「それがどうした。普段ところかまわず寝るくせに。」
「そりゃ、旅をする者であれば誰だって何処ででも寝れるようになるでしょう!」
「なら温かい毛布とベッドが何故いやだ?」
「そーいう問題じゃ…!だいたいゼルガディスさんは何処で寝るんですか!?」
「そうだな。リナの隣の空いたベッドか。」
「なっ!?」
「冗談だ。俺も長生きしたい。つまらんこと気にするな。人の好意を踏みにじるのは正義じゃないぞアメリア。」
「何処が好意なんですかああ!!」

そんな声には耳も貸さず。ゼルガディスはさっさと読みかけの本を拾い上げると
枕元のちょうど左側の床に腰を下ろした。
ゼルガディスの鈍く光を反射する後ろ頭を見つめながら、とうとうアメリアは布団の中に入った。

ああゼルガディスさんのにおいがする。

「昔、昔あるところに、合成獣の男がおりました。」

ぼんやりそんなことを考えていると、聞きなれた低い掠れた声が朗読をし始めた。

…朗読!?

「ちょっなんですかそれは!?」
「お子様を寝かしつけるにはこれが一番だろう?」
「私お子様なんかじゃ…つづきお願いします」
「なんなんだお前…いっとくが短いからな」

少しだけ見えた本の端には、おどろおどろしい赤黒いインクで「黒魔術の成り立ち」と書いてある。

もちろん、逆さにして振っても、お伽話なんてこれっぽっちも出ないだろう。

…この人…たまにすごく真面目な顔で冗談を…。

「その男は人間に戻る旅を続け………何年かして森の奥にひっそりと居を構えました。」
「展開はやっ!?」
「思いつかんからな」
「今思いっきりボロ吐きましたよね」
「年中、裏の畑でとった野菜や獣を狩り、そこそこ幸せな毎日を過ごしました。」
「…。」
「秋になると金髪の剣士と赤毛の魔導師が、ゼフィーリアのワインを携えて遊びに来ます。
男はそれを同居人とご馳走をたくさん用意して一緒に迎えます。」
「男はそうして同居人と、末永く暮しましたとさめでたしめでた…
「その同居人は…!」
アメリアは急いて身を起すと上からゼルガディスを見つめた。
ゼルガディスは振り返らなかった。
「蒼い目の…人なんでしょうか?」
「…さぁな。」
「黒い髪を持ってるでしょうか…?」
「…。」

「ゼルガディスさん…」
「おしゃべりは終わりだ。さっさと寝ろ。」


アメリアは枕に顔を押し当てて、小さく、ありがとうございます。今度はいい夢がみれそうです。と言ったらしかった。

泣いているようにも聞こえた気がした。

 
 
 
 
おわり






2008-1-1